年齢制限と表現の幅

7月 19th 2014 -

あー、エロゲーしてます。

おとめは僕に恋してる2 二人のエルダー

 

ジャンルで言うと女装女子校潜入アドベンチャーでしょうか。

こう書くとものすごくアレげな感じするけど…

このゲーム、初代のおとボクもそうだったけど話が深いというかなんだろう、すごく優しい世界にいるような気分になります。

エロゲーとか18禁で年齢制限がかかるものというのはえっちいのやらグロいのやらがあるわけでそういった制限が掛けられています。

でもね、ちょっと視点を変えてみようかと。

個人的にですが、抜きゲーといったえっちいのが主目的なものはやりません。

紡がれる物語を感じる、そういったものをプレイしています。

それなら年齢制限のない全年齢版をやってもいいだろう、と思われるかもしれませんが私はあえて年齢制限のある方をプレイします。

何故か。

それは物語の表現で使うことの出来る表現の制限の違いというものがあるからです。

エロゲーですから当然色恋沙汰があります。

その際、どういった表現をなされるか。

現実では色恋沙汰になって恋人同士になったらその先もあるのが普通では無いでしょうか。

※清く正しい交際される方は置いといて

そういった場合の表現方法、全年齢版ではキスで終わったりとかそんなところでしょうか。

年齢制限版から全年齢版に落としこむ際のライターさんの書き方一つでしょうが、全年齢版では本来描きたかったストーリーを表現するにあたってどうしても制約が出てきてしまいます。

こういった制約を気にしながらストーリーを紡ぐ、そういった制約が自然とできてしまうわけです。

一方、年齢制限があればそういった部分がかなり自由になります。

制限をかけることによって生まれる自由といったところでしょうか。

私はお話としてライターさんが描きたかったものを制限なく観て聞いてみたいんです。

だから年齢制限のあるエロゲーをプレイしている側面があります。

 

何もエロゲーに限った話ではなく、制限を儲けることにより自由になることって意外と多いのではないでしょうか。

例えば同人界隈。

例えばノンフィクション・ドキュメンタリー。

 

ありのまま伝えること、思ったことを伝えるということに置いては制約を気にしてから物事を組み立てるのではなく、制限を設けて制約を開放する事によって得られる情報、感情というものが存在します。

 

いいとしこいてエロゲーとかやってんのか、と言われるのはまぁ慣れてますがそこにはこういう表現の自由の垣根を超えたものに触れたいという思いが有ってプレイしています。

人の心を動かすには強い力が必要です。

私は精神を病んで無感情、悲観的になることが多いです。

こういった時、おとボクのような優しい世界に触れられるとなんというか心がほぐれるのを感じます。

心が少し軽くなります。

エロゲーといって蔑まず、表現の枷を外した世界、触れてみるのもいいものだと思いますよ。

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