寝付きの悪い子

7月 3rd 2006 -

腕痛くて眠れない。

心が乱れまくって眠れない。

微妙な気温と湿度で眠れない。

クロキサゾラム(セパゾン錠1~2、セパゾン散1% 等)

こんなときは、追加のおクスリです。

  • 隠し持ってたセパゾン
  • ロラメット(とりあえず一つ)
  • ソレトン80(鎮痛剤)
  • ムコスダ100(ソレトンとセットの胃薬)

とりあえず、何も考えず飲んでみた。

後は、音楽用PC立ち上げて音楽鑑賞。

でも、落ち着かない。

あれ、おれ意外と重症?

休職前半戦に近いような・・・。

おれ、もうだめかも知れんね。

仕事、出来そうにないよ。

頭の中がぐっちゃぐちゃだわさ。

説明しづらい。

なんか、つらい。不安。・・・・。

これ以上、ボキャブラリーないので出てこない。

とりあえず、言えるのは、自己解決できなそう。

誰か、助けて。というのが本音。

でも、助けに来られてもきっと心情を吐露できない。

大丈夫、といってしまうと思う。

ソトヅラ大王なんだ、結局。

自分の根幹の部分のトラブルはどうしていいかわからない。

なんか、こんなこと小さいときから考えてた気もする。

自分ってなんだ、他からみた自分ってのは自分が思っている自分とはきっと違う。

そんなことをクソガキながら考えてたこともあった。

でも、そんなソトヅラも含め、他の存在が定義した「自分」もmすべて偽りない事実としての「自分」であることはわかっている。

いや、わかっているんじゃなくて、受け入れているだけかも。

ソトヅラ問題はこれで解決できる。

でも、結局根幹の自分しか感知できないい領域での「自分」がのこる。

「われ思う、ゆえにわれ或」

というのは昔のなんちゅったか忘れた、えらい哲学者のお言葉ですな。

方法的懐疑とか言うやつで、自分が知覚するものに対して、じぶんの知覚の中での存在証明が取れない、すなわち存在は「偽」である、とか言うなかなかワイルドな哲学思考。

方法的懐疑自体は哲学と心理学のハザマで、そこいらへんは今どういう研究となっているかは知らんけど、先の哲学者の先生の言葉はちょっと引っかかるのよね。

自己という存在を定義するもののうち、まずあるのは自己を自覚する自己である、ということか。

だからどうなのよ、という次元になってくるのだが、結局は自己の根っこの部分を定義して管理しているのは自分自身であって、そこにトラブルが発生してもほかの人からはアクセス権がないわけで、どうしたものかと。

そうなると、ソトヅラで形成した自己や他人が定義した自己を利用して根幹の問題箇所へアクセスするしかなくなるんだよな、と最近思う。

だから、今、自分に当てはめると、一番お手軽なソトヅラでの問題解決もうまくできる自信がない。

自分から外に向かう方向は性格上、使えない。難儀な性格ではある。

そんなわけで、根拠もなく「誰か、助けて」になるわけだな。

後は、他が定義した自己から内側へアクセスするしかないと。

つか、こんな時間にこんな状況に何書いてるんだ俺。

書いてることもよくわからんし。

本格的にだめだな、こりゃ。

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